咖啡场景
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投稿者
小坂章子
since
2015-02-27
  • 珈琲がそこにあるだけで、
  • いつもの日常が豊かにふくらみ始めていく。
  • そんな珈琲まわりの徒然話を日本よりお届けします。
  • 「珈琲美美」で出会った町の鍛冶屋さん
    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    小春日和の午後。「珈琲美美」のカウンターに
    座っていたら、3人連れの客が隣に腰をかけた。
    マスターの森光さんが「んー? 小坂さんは
    取材したこと、ある?」と紹介してくださったその方は、
    博多包丁の職人、大庭利男さんであった。
    何でも大庭さんの仕事に惚れ込み、ビデオカメラで
    その一部始終を記録した大学生の安井さんが
    就職先の大阪へ旅立つ日、「珈琲でも飲もうかね」と
    大庭さんと奥さんの3人でやってきたのだとか。

    「何にしようかね、あんたが好きなのを頼みなさい」
    大庭さんに促され、安井さんが選んだのは、
    「美美」のブレンド中味。
    注文を受けた森光さんが「ハイッ!」と
    ひときわ大きく頷き、豆の缶を手にとる。
    大庭さんと森光さんは、同じ職人。
    同志として通じ合うものがあるのだろう。
    実は森光さん家の台所でも大庭さんの博多包丁が
    大活躍しているそうだ。

    ネルドリップの手元を興味津々の表情で見つめる
    大庭さんは、ぐっと前のめりになって
    「こうやって豆がふくらんでいくのを見るとが
    好きなんですよねえ」とにっこり。
    一杯の珈琲がめいめいに運ばれると、大庭さんは
    陶芸家である山本源太氏の砂糖壷の蓋を
    ゆっくりと持ち上げ、
    「これには思い出があってねえ」と微笑みながら、
    スプーン2杯分の砂糖をいれ、クルクル
    大きくて分厚い手でカップの柄を持ち、静かにすすったら、
    「ああ、おいしいねえ!」としみじみ一言。
    芯からの喜びと安堵がつまった笑顔には、
    清々しさがにじんでいて、胸をつかれるものがあった。
    中学卒業と同時に祖父が始めた鍛冶屋で働き始め、
    60余年間、ただひたすら愚直に鉄を叩き、
    伸ばし、生活を支える道具を作ってきた大庭さん。
    好きな仕事とはいえ、想像もつかないほどの
    苦難を乗り越えてこられたのではないだろうか。
    すべてを包み込むようなおおらかな笑顔が
    それを物語っている。
    「森光さん、がんばってください!
    ちょこちょこ、寄らせてもらいます」と大庭さんがいえば、
    カウンターに立つ森光さんと奥様の充子さんも
    「ありがとうございます。私たちもまた
    包丁を研ぎに行きますね」と応える。
    「持ってきてください。半年に一回くらいはきれいに
    研ぐといいですからね」
    珈琲と博多包丁。分野は違えども
    職人ふたりの交わりは実にあつく、
    互いへの信頼が伺えたのだった。

    後日、大庭さんの仕事場を訪ねてみた。
    高層マンションやビルを背に、身を縮めるように建つ
    家屋は昭和を思わせる懐かしい土間づくり。
    学校帰りの小学生たちがのぞき込んでいくたびに、
    大庭さんが「おじちゃんは、包丁を造ってるんよ」と
    にっこり微笑む。
    温和な口ぶりと、仏様のような笑顔からは
    想像できないが、その芯には、
    鋼のように強靭な職人の矜持が宿っている。

    煤にまみれた年代物のショーケースには、
    販売用の博多包丁が飾ってある。
    野菜でも魚でも肉でも何でもこれ一本で事足りる、
    博多の主婦の味方。両刃なので、利き手を
    選ばないところもいい。黒打ちと呼ばれる背と、
    鈍い銀色に光る刃先のコントラストがただものではない
    雰囲気。これは何としても一本欲しい、
    そう思わせる存在感がみなぎっている。

    包丁の原材料は、島根県安来産の軟鉄鋼。
    このかたまりを火床と呼ばれる炉に差し入れ、
    コークスで熱しては、手製の金鎚でカンカンと叩き、
    また熱して叩く。熟練した職人ならではの微妙な手加減で
    鉄の不純物を取り除きながら、
    強靭で粘りのある包丁の刃を生み出していくのだ。
    温度計を使うわけでもない。熱した鉄の色をみて、
    良し悪しを判断するわけだから、
    そこに到達するまでは一体どれほどの年月を要するのだろう。
    「作るものに対して、温度を変えていきますね。
    自分が使う鋏やハンマーなんかの道具を
    自分で造りきれれば一人前。
    修行の年数? まあ、10年はかかるでしょう。
    やる気のある人が取り組んだとしてね。
    自分でものを作る気にならんと、応用もできんから」
    大庭さん自身、2代目の父親の仕事を見よう見まねで
    手伝い、マニュアル化できない技術を習得してきた。
    「見て覚えろという世界でしたね。
    自分で考えながらやってみて初めて、自分のもんになる。
    でもものづくりは、こりゃあ、ようできたちゅうとは、
    ないもんねえ。ようできたちゅうたら、それで終わり。
    それの繰り返しですからね。
    鉄を叩いて伸ばす製法は、日本独自の技術。
    刃物はやっぱり日本製がいいでしょう」

    実は、大相撲の土俵づくりを担う土俵鍬の製作も、
    今や大庭さんがただ一人の職人となった。
    11月の九州場所にあわせて、約40人の
    “呼び出し”さんが大庭さん手製の“マイ鍬”で
    土俵をならすというから、国技を支える重要な役割である。
    もともと大庭鍛冶工場も、「農具、土木工具、
    修理加工」を得意とする農具専門の鍛冶屋だった。
    しかし、時代の変遷とともに注文客は激減、
    今では博多包丁づくりを通して、その技術を繋いでいる。
    「鋏も、金槌も、ぜんぶ自分で造ったものを使います。
    鋏もね、包丁と農具の部品とでは形が変わるから、
    全部違う形をしているんですよ」
    なるほど、壁にずらりと並んだ鋏はそういうわけか。
    素人目には同じように見えても、一つひとつ、
    これでなくてはならないという理由があるのだ。

    毎日の仕事は、朝8時から夕方5時まで。
    昼飯どきの一時間の休憩をのぞいては、
    3時のお茶もとらず、ひたすら鉄を叩いては伸ばす。
    根からの仕事人である。
    今日はやめよう、なんてことはないのだろうか?
    「ないない! やることないですから(笑)。
    やっぱりね、仕事場がいっちばん落ちつくねえ」
    ラジオがついているが、当然ながらほとんど耳に
    入らないという。「若い人の唄は覚えきりません(笑)。
    でも音がないとちょっと寂しいでしょう」
    そう言って、ほんわか微笑む大庭さん。
    富士珈機製の焙煎機も、日本の鉄が原材料。
    創立60周年を迎える富士珈機からすると、
    大庭さんはちょっとだけ先輩。
    大庭さん、これからも、
    日本の食文化に欠かせない
    頑丈で美しい包丁を作り続けてください。

    ●データ 大庭鍛冶工場
    福岡市中央区清川3-9-21

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏

    「大庭鍛冶工場」大庭利男氏