咖啡场景
  • 小坂章子さんのコラム

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コラム
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投稿者
小坂章子
since
2018-07-25
  • 珈琲がそこにあるだけで、
  • いつもの日常が豊かにふくらみ始めていく。
  • そんな珈琲まわりの徒然話を日本よりお届けします。
  • 大坊さんの手廻しワークショップ

     珈琲界のレジェンドといえば、『カフェ ド ランブル』の故?関口一郎さんの名前が瞬時にうかぶが、この方も負けてはいない。かつて表参道で38年間、『大坊珈琲店』を開いていた大坊勝次さんである。
     2013年の閉店以来、そのレジェンド化に拍車がかかり、控えめなご本人の意志と無関係に、いまや全国津々浦々、大坊さんが行くとこ行くとこにあらわれる自称追っかけの中高年男性が急増しているらしいではないか。そういう皆さんの瞳は、不思議なことに澄んでいる。テレビの中のヒーローに憧れる子供のような純粋な高揚と喜び、感動がそうさせるのだろうか。
     さて、大坊さん監修のもと、限定50台で「FUJI手廻しロースター」が復刻発売されたのは、2017年秋の話である。もともと大坊さんが富士珈機に製造を持ちかけたらしいが(コラム28回参照)、製品化にあたって購入者へのレクチャーを引き受けてくださるならやりましょうという話になっていたらしい。「...わかりました。そういうことでしたら」と、低く渋い声で承諾した大坊さんは、発売以来、毎月20日(日程はサイトでご確認を)、東京や大阪の富士珈機セミナールームに妻の惠子さんと共に登場し、腕をふるってくださる。
     定員は、毎回5名。全員の顔と名前が一致する少数制というのも贅沢だ。内容は、大坊さんによる手廻し焙煎の実演、大坊さんによる抽出、大坊さんの珈琲のお話、参加者の皆さまによる焙煎~焙煎したコーヒーを大坊さんが抽出、フリートークで終了だ。
     事前にマイロースターを富士珈機あてに郵送しておき、それで焙煎できる点も親切だ。参加者は、多岐にわたる。現役の珈琲屋のみならず、自宅で家族のために豆を焼いている主婦の方、これから店を始めようという方、カフェをやっているけれども今回が初の焙煎体験という方まで、年齢や性別、職種もさまざま。ただ一点、珈琲が大好きでとりつかれているという点が、共通項である。
     大坊さんのを合わせると計6台。至近距離に6台のFUJI手廻しロースターがおわします風景は、壮観である。クルマ好きのオフ会のようにも見えるが、皆の表情は真剣そのもの。遊びじゃないのだ。万障繰り合わせてこの場にやって来た、という気迫でもって場の空気がきりりと引き締まる。
     まず、大坊さんの焙煎を皆がじっと見る。スマホで記録する者、ストップウォッチ片手にメモをとる者、裸眼にやきつけるべく瞬きせずに凝視する者。そんな彼らの前で焙煎するのは緊張するのではないかといらぬ心配をしてしまうが焙煎がすすむにつれ、もはや人の目なんてカンケーネーの世界へ突入していくのだった...。この道40余年の大坊さんですら、毎回毎回、点火のたびに緊張するというのだから、なんという奥深い世界だろう。
     お次は、焼き終えた豆でのテイスティングタイム。大坊さんの抽出を再び凝視する一行。やがて配られたカップを口に運べば、皆の顔に笑みが広がる。と、ここからが本番。目や鼻、舌に印象を叩き込んだら、さあ、参加者の番である。5人が時間差をおいて、一人ずつ点火。ハンドルを廻しながら、五感を研ぎ澄まし、豆の色を確認する。私が見学した時は、30分で焼き終えた方が一名、あとの4名は、焙煎豆の色を大坊さんの豆に近づけるため、皆が見守るなか最長1時間15分、廻し続けた方も。火をとめ、豆をザルにあげた瞬間、全員からあたたかい拍手が寄せられた時は、端で見ていただけの私まで、なんかいい汗かいたっていうか、達成感っていうか、嬉しくなった。
     手廻しの難しさは、人間の感覚を反映させねばならない点にある。苦みと酸み、甘みのバランスのポイントをどこに置くかカップのイメージに照らし合わせて逆算し、火力のみで温度を調整するのだ。早くから温度を上げると表面だけ焦げてしまう危険性があるし、かといって慎重すぎると、今度はなかなか温度があがらず、最後の土壇場で焦るということになる。数値に頼れないぶん、自分自身の感覚を総動員せねばならない手廻しの世界は、まさに自分自身との闘い。いつ火を止めるかは、自分の心ひとつなのである。
     参加者全員の豆がそろったら、皆の豆を浅煎りから深煎りに並べて順番に大坊さんが抽出してくれる。見惚れるようなネルドリップの点滴で淹れられた珈琲は、不思議なことに、どの方の珈琲も手廻しならではの苦みの品格をあらわしていて、一杯ずつ感嘆の声がもれる。「これは、甘みがよく出ていますね」とか「静かでゆったりとした味ですね」と短い言葉で感想を語る大坊さん。参加者にとってはこれ以上ない幸せな時間といえるだろう。また参加者同士が焼いた豆を交換する風景も。切磋琢磨できる仲間との出会いも期待できそうだ。
     焙煎豆の残りはもちろん持ち帰って、自宅で復習ができる。大坊さんが焼いた珈琲豆を見本として少量持ち帰る人もいた。単なるファンだったら永遠に開けないという誓いのもと真空パックするかもしれないが、参加者の方は、見て、触れて、割って、匂いをかいで、食べて、余すところなく研究し尽くすに違いない。
     多くの珈琲屋さんは、お客様のために毎日きちんと店を開け、自分の珈琲を作るだけで精一杯だろう。けれど時には思いきって休みをとり、外に出て、いろんな人のなかで自分自身を見つめてみれば、心に気持ちのいい風が吹くかもしれない。自分の体を媒介に豆と対話できるFUJI手廻しロースター体験を通じて、皆さまの珈琲人生に新しい感動が舞い込むことを願って、また来月。


    大坊さんの手廻しワークショップ

    大坊さんの手廻しワークショップ

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