咖啡场景
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コラム
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投稿者
小坂章子
since
2016-08-25
  • 珈琲がそこにあるだけで、
  • いつもの日常が豊かにふくらみ始めていく。
  • そんな珈琲まわりの徒然話を日本よりお届けします。
  • 「珈琲処レンガ」のママ

    <ごあいさつ>
    二〇一六年六月二十四日をもちまして珈琲処『レンガ』を卒業する事となりました。四十六年の永きにわたり皆様と共に歩めました事、幸せの極みでございます。これからは『レンガ』のママとしてではなく、苔縄信子としてお付き合いして頂ければ幸いでございます。長い間本当にありがとうございました。

     個人が経営する喫茶店やスナック。あのくらいのサイズ感の箱に、店主のキャラクターが占める割合はずいぶんと大きい。
     私が初めてレンガのママこと信子さんと出会ったのは、『福岡喫茶散歩』の取材先を求め、自転車でうろつきまわっていた2007年のこと。レンガ造りの階段の踊り場に仁王立ちして、午後三時の通りを眺めていたエプロン姿のママ。そのパトロール隊のような真剣な表情をみた瞬間、私は魔法にかかったカエルのごとき従順さでもってサドルから飛び降りた。
     「あのお、取材を申し込みたいんですけど」と申し出たところ、ママは一瞬驚き、朱色の口紅をゆがませたものの、「まあまあ、立ち話も何だから、どうぞお上がんなさいな」と2階の店へ通してくれた。「うちはね、お金はないから広告費はお支払いできませんけれどね、そういうのいらないの? あらっ、そう。選んでいただけて光栄だわ。うちでよかったら取材でも何でもお好きなように! 人生はワンチャンスですものね。あなた、故郷は? 壱岐! そーお、いえね、私にも壱岐の知り合いがいて、あなたとは初対面だけど親近感をおぼえるのよね。ところで、うちみたいな古い店、どこがヨカッタと?」
     やっぱりユニークだわ、このママさん。前に一度、カウンターに座ったことがあるが、その時も常連客と芸人顔負けのトークを繰り広げていたのだ。
     だけどママと私の仲は、取材だけでは終わらなかった。本を出版してすぐ店を訪ねたところ、ママがいつになく遠慮がちに言うではないか。「???ちょっといいかしら。こんなこと言うのも悪いかなとも思うんだけど???」「えっ」「???やっぱり、やめとく」「いや、何でも言ってください」「じゃ、言うわね。あなたね、ついてるの!」「えっ」「タイ人の女性の霊がね、さっきからあなたの後ろにいるの」「タ、タ、タイ人!?」
     まさか、まさか、私に霊が、しかもタイ人とは。ええーっっ! 驚きすぎて大笑いした。確かに初めての海外がタイだったし、アユタヤ遺跡にも行ったしなあ。おそらくそこから連れてきたんだろうねとママ。そんなぁーとカウンター席で大きくのけぞりながら「除霊した方がいいんですかね」と尋ねたら「そんなもん必要ないっ。部屋を片づけて霊が住み難いようにしたらいいのよ」。
     それからしばらく、家の除霊的清掃活動にいそしんだ。お祓いもしてもらった。が、最終的に疲れて引っ越し。時は流れ、タイ人の“霊チェル”が去った後も、ママさんとは山登りという共通の趣味をもっていたこともあり、何度か山にご一緒した。
     当時、私は結婚したい病にかかっていたので、標的を山の会に引っ張りこみ、何とか成就を目論んだが、霊チェルの仕業か実らなかった。これまでに何組もの男女を結婚へと導いたママの実力をもってしても「あなたって、男性の好み、変わってるもんねえ」とお手上げのようだったし、私もそうした苦い記憶から逃れたくて、いつのまにか店に足を向けなくなった。
     今回、知人から閉店の知らせを聞き、久しぶりにママを訪ねることにした。カウンター席は、みんな山の会の常連メンバー。「ママ、こっちも珈琲ね」「ハイハイ、ちょっと待っとかんね。あんたはもうせっかちやねえ。もう明日から来てもらわんでもいいけんさ、言いたい放題よ」「ママ、店ば辞めたら何すると?」「孫も生まれるし、外国の山も歩いてみたいし、ご心配いただくほど暇じゃないの」「ママ、その珈琲カップちょうだい」「好きなのを持っていきなさい。あなたには世話になったけんね。あ、山の地図も持っていっていいけんね」「ママ、それ僕があげたものやないね」「あら、そうやったかいな!アハハハ」
     カウンターを挟んで交わされるテンポのよいお喋りとネルドリップ珈琲。このふたつが『レンガ』の名物。少し淋しいけれどママが決めた新しい門出を祝福しようじゃないか。46年間、ほんとうにおつかれさまでした。出会えたことに感謝。それではまた来月。

    「珈琲処レンガ」のママ


    「珈琲処レンガ」のママ