咖啡场景
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投稿者
小坂章子
since
2016-07-25
  • 珈琲がそこにあるだけで、
  • いつもの日常が豊かにふくらみ始めていく。
  • そんな珈琲まわりの徒然話を日本よりお届けします。
  • 『珈琲美美』森光宗男マスターのこと

    皆さま、ご無沙汰しています。コラム休載の間、フジローヤルにとっても私たち珈琲愛好家にとっても、信じたくない悲しい出来事がありました。フジローヤル初のネルドリップ抽出器具「ネルブリューワ?ねるっこ」の監修をされた福岡の「珈琲美美」の森光宗男マスターが、フジローヤルコリア主催のネルドリップセミナーを大盛況のうちに終え、帰国の途につかれる際、仁川空港にて倒れられ、そのまま還らぬ人となったのです。

     2016年12月7日のお昼のできごとでした。山口県のとある無人駅で知らせを受けた私は、しばらく茫然としていました。ついさっき森光さんのことを考えていたばかりだったのに???。奇しくも翌日の12月8日は、「美美」の開店記念日。森光さんはきっちり39年間で、珈琲屋としての生涯を終えられたのです。なんという、あざやかな幕切れ。生前、よく「物事は、始まりと終わりが大事」とおっしゃられていましたけど、人は生きたように亡くなるというのは本当なのですね。最期の最期までご自身が愛したネルのハンドドリッパーを手に、手の中から生まれる珈琲の美味しさとすばらしさを伝え続けた森光さん。亡くなる前日、韓国のセミナーで見せた森光さんの笑顔は、写真で拝見したところ、青春を謳歌する若者のように生き生きとお元気で、珈琲の神様に最期の力を授けられたのかなと思うほどに輝いていました。
     森光さんが亡くなってから、もうすぐ1年。11月6日には福岡でメモリアルコンサートを開催し、同志である大坊勝次さんをお招きして思い出を語りあったり、森光さんが好きだったチェロやリュート、唄などの演奏を皆で楽しんだりして、とても豊かな時間を過ごすことができました。森光さんはもういないけれど、今も私たちは森光さんに動かされているのです。

     人は、この世に生まれてきて、一体どれほどの人と出会えるのでしょう。そのうち、真の意味で心に刻まれる邂逅は、片手で足るんじゃないかと思います。私にとっては、そのひとりが森光さんです。自家焙煎店とそうでない店の区別すらつかなかった私に、珈琲の世界をめいっぱい開いてくれたこと、すべてはそこから始まりました。2009年に上梓した「福岡喫茶散歩」が印刷所からあがってきた翌日、私は両肩がぬけるほどずっしり本をつめこんだ袋を自転車の両ハンドルに下げて、意気揚々とまず向かったのが『美美』でした。これまでの人生で感じたことのない高揚と充実感を胸に、カウンターの奥の席に座ると、森光さんが万年筆とインクを貸してくださいました。馴れないサインにあたふたしている私に「まあ、焦らないで。ゆっくり」と声をかけてくださったこと。書き終えて万年筆をお返ししようとすると「それ、あげるよ」と、さりげなくプレゼントしてくださったこと。その時は、そのありがたみを十分に感じる余裕も感性もなく、興奮のうちに受け取っていましたが、今頃になって、あれは「ずっと書いていきなさい」という森光さんからの最大級のエールだったんだなと痛感しています。

     自分の文章の稚拙さに悩んでいたとき、森光さんが微笑みながら「文章もね、天から書かされるっていうかな、そういうもんじゃないのぉ」と言葉をかけてくれたことがありましたが、そりゃあ、文才のある森光さんの話であって私にはあてはまらないと心のなかでため息をついたものです。だけど今になって、少しわかるような気がします。一生懸命にやれば、あとは天におまかせすればいい。きっと見ていてくれる、そしてきっと何とかなる。大切なのは、自分の全部をだしきって目の前のことに向き合っているかどうか。

     喫茶店を取材しなければ森光さんとの出会いもありませんでしたし、森光さんがいなければフジローヤルとのご縁もなかった。今、ようやく街の珈琲屋さんや珈琲愛好家の方々の心が楽になったり、勇気や励みになったりするような文章を書くことが自分の役割かなと思えるようになりました。生きる意味というと大袈裟ですが、人生の喜びを教えてくれた森光さんに感謝しています。本当にありがとうございました。これからも『珈琲美美』に通い続けます!

    追伸:今回からコラムのプロフィール写真を変更します。前のは年齢詐称状態で、うしろめたかったのです。それでは皆さん、これからもよろしくお願いします。

    『珈琲美美』森光宗男マスターのこと