咖啡场景
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投稿者
小坂章子
since
2015-08-25
  • 珈琲がそこにあるだけで、
  • いつもの日常が豊かにふくらみ始めていく。
  • そんな珈琲まわりの徒然話を日本よりお届けします。
  • 焼きものと珈琲

    喫茶店の本作りをしていた頃、
    その金勘定を無視した熱心さに“趣味”と思われ、
    「で、本業は何をしている人ですか?」と
    店主らに目を丸くされていた私の職業は、
    文章を書いて生計をたてるフリーのライターである。

    自分がやりたいやりたくないに関わらず、
    天の采配なのか、何なのか、
    ご縁ある先からいろんな仕事が舞い込んでくるのだが、
    最近、陶芸家の取材が異様に多くて
    どういうわけだろうと不思議に思っていた。
    でもまあ、よくよく考えると、石を投げれば
    陶芸家か珈琲店にあたるほど数も多いのではないか。
    そもそも焼きものと珈琲は、
    材料に火をいれて水分を抜くという
    原始的な方法からして符号する点が非常に多い。
    窯の中で起きる酸化?還元に始まり、
    薪で焚く登り窯なのか、穴窯なのか、電気窯か、ガス窯かという
    選択ひとつで、仕上がりは天と地ほどにも違うし、
    作品として焼くのか、日常雑器なのか、
    冷ましを含めた焼成過程でいえば
    珈琲の煎り止めと焼きものの焼き止めはまったく同じで、
    わずか1秒の誤差が出来映えを左右する。

    日本は、焼きもの大国である。
    テーブルに器を置いたままナイフとフォークで食べる
    外国と比較すると、両手で茶碗を持つ習慣がある
    日本の場合、器との距離感がきわめて近い。
    喫茶店もまたカップという器づかいの楽しみがあり、
    器好き=珈琲好きの図式もめずらしくない。

    最近まわった焼きものの産地をご紹介しよう。
    2016年に磁器誕生から400周年を迎える「有田」、
    かつて幕府への上納品だった精巧で美しい絵付けが
    今も伝承される「伊万里」、庶民が気負わずに使う
    日常雑器で一大ブームを巻き起こした民陶の里「小石原」や
    一子相伝のものづくりを守り継ぐ大分県の「小鹿田」、
    遠方では、急須や土鍋の産地として知られる
    三重県四日市の「萬古」、幻の土器といわれ、
    文化人にも愛された沖縄は新城島の「パナリ焼」などなど、
    その地域ならではの風土や暮らしを反映させた
    焼きもの文化が育まれていることがわかる。

    材料の陶土がとれる地域に職人が集まり、
    やがて産業として発展した。
    それが窯業地の始まりだったが、
    流通や情報網が発達した今では、
    どんな産地の土だろうと取り寄せることができるので、
    土のありなしに関わらず、陶芸家は好きな土地で
    ものづくりができるよになった。
    福岡県の西の半島に位置する糸島などがそう。
    信楽、唐津、有田、小石原、益子、瀬戸……。
    このような伝統的な窯業地で修行した人々が
    なぜ糸島に移り住み、窯を築くかというと、
    伝統産地に代々受け継がれる縛りがないから
    自分の自由な作品が作れるというのが
    いちばんの理由らしい。

    焙煎機は、焼きものの世界では「窯」にあたる。
    薪をくべて2昼夜から3昼夜炊き続ける登り窯は、
    陶芸家曰く「どんなふうに焼けるか予測がつかない
    窯変の面白さがある」そうだけれど、
    注文を受けた品をきっちり納めるには、
    仕上がりが予測できる電気やガス窯でないと
    ロスが多くて商売としては成り立たない。
    珈琲に例えるなら、薪で焚く登り窯は、
    富士珈機で昔ながらに作り続けられている
    直火タイプの焙煎機に近いだろうか。
    酸化というより、空気の量が少ない還元で、
    焦げの一歩手前まで焼き込む深いり珈琲のような。
    好き嫌いはあるだろうが、ハマる人にはハマる、
    オンリーワンの味。
    さらにより手仕事色の強い手網焙煎や手廻し焙煎器は、
    焼きものでいえば、低く掘った地面に器をおいて燃やす
    野焼きになるだろうか。
    一方、ほぼ狙い通りに仕上がってくる電気窯は、
    ストライクゾーンが広い半熱風焙煎機。
    もっといえば、コンピュータが搭載された全自動焙煎機。
    こちらは、豆の品質にもよるが、コンスタントに
    狙った味を生み出すことができる。
    車でいえばオートマかなあ、となると直火はマニュアル車。

    そんな珈琲と焼きものの共通点について思い巡らせるにつけ、
    ものづくりにはその土地の「気候風土」が
    大きく作用するという真実にいきあたる。
    たとえば福岡県の小石原は、かつて
    陶芸だけでは食べていけなかったので半陶半農の
    生活が根づいていた。
    お米は副産物で、収穫した藁を燃やし、
    藁灰という釉薬を作るのが主な目的だったというのも興味深い。
    自分の手で育てた米を食べて鋭気を養い、
    またものづくりに向かう。
    自然から育まれるものづくりの循環は、
    その土地だからこそ成り立つのだ。

    田んぼを作ることは、地域を作ることだと、
    ある40代の小石原の陶芸家が言った。
    焼きものと農業の両立は、生半可ではない、
    けれど、それでもこれまで受け継がれてきた
    小石原の暮らしに思いを馳せたとき、
    田んぼをやらない選択肢は自分達にはないのだと。
    今、田んぼをやりつつ陶芸をしている人は
    ほんの数人らしいが、彼らの話を聞いていると、
    我が事しか考えない自分が恥ずかしくなる。
    点でみるのか、長いスパンで物事をとらえるのか。
    信念を持ち、全体を見つめることができる人を
    大人と呼ぶのだろう。

    もちろん、生業である以上、
    家族を養い、生活していかなくてはならない。
    たとえば5個の器を頼まれた場合、
    20個ほど作り、そこから本当に出来映えのいいものを選ぶため、
    残り15個は、お蔵入りとなる。
    売るに値する作品を選ぶことを、彼らは「とれる」と呼ぶ。
    せっかく形を作っても素焼きの時点で割れたり、
    素焼きでうまくいっても、本焼きで失敗したり。
    自分の意志の及ばないところで
    運やタイミングや熱意や技など様々な条件が重なって
    与えられるという意味では、
    確かに「とれる」という言い方がしっくりくるのかも。

    喫茶店や珈琲豆屋にしてもそうだ。
    商売なのか、生活なのか、ものづくりなのか、
    はっきりと分けることのできない混沌のなかで、
    自分の立ち位置をどこにもってくるのか。
    特に珈琲は世界とつながる仕事なので、
    地球規模ともいえる反面、地域に根づく存在である
    こともまた重要である。

    器といえば、思い出すのは、今はなき
    鹿児島は天文館アーケードにあった[のんきな珈琲店]である。
    マスターの桂憲正さんは、もとパイロット。
    退職後の人生を珈琲に捧げ、多くの仲間とともに
    ネルドリップの一杯を追究し続けた。
    自著「九州喫茶散歩」の取材の時、
    淡い茶の縁取りのあるアイスブルーの陶皿で
    手製のモンブランを出してくださった。
    ひと目見た瞬間、その質感と色づかいに心をうばわれ
    「うわあ、いいですねえ」とうわ言のように口走っていたら、
    ある時、「私にできることはこれぐらいしか
    ありませんから」と一枚分けてくださった。
    それからほどなくして、私が書いた原稿に
    目を通すこともなく、桂さんは病に倒れ、帰らぬ人となった。
    2009年の晩夏だった。
    今でもその皿を使うたびに、あの民芸館のような珈琲店を、
    そして桂さんのいれてくれた深いり珈琲を思い出す。
    焼きものも割れたらおしまい、珈琲も飲んだらおしまい。
    記憶に残り続ける味わいだけを大切に、私たちは生きていく。
    笑顔と涙を繰り返すそのいっときに、
    好きな珈琲や焼きものがより添ってくれるのならば
    こんなに幸せなことはない。

    焼きものと珈琲
    小石原「辰巳窯」長沼武久さんの仕事風景。

    焼きものと珈琲
    黒板には、「明日死ねるか!?死ねるわけねーだろ」の文字が。20年前に書いたものらしい。