咖啡场景 1
  • 韓国の伝説の焙煎士の強烈なる魂

    韓国に今では伝説となってしまった焙煎士がいた。
    名前は「朴 元俊」。
    韓国読みで「Park Won Jung」と読む。

    「朴元俊氏はどんな人だったのか?」と尋ねられたら私は迷わず
    「ただコーヒーの事だけをいつも考え、自分が美味しいと思うコーヒーを作る事に人生を捧げた人。」と答える。
    彼のコーヒーに向き合う厳しさはその鋭い眼光が物語っている。
    中途半端な“珈琲人”は彼に見据えられるだけで萎縮してしまって話すら満足に出来ないくらいであった。
    実際に生半可な知識で話をすると烈火のごとく喝破されてしまう。
    そんな具合だから彼の周りに出入りできる人は彼が認めたほんの限られた人々だった。
    いったん彼が認めた人には本当に優しく接しておられた。
    笑顔で話す時は本当に優しい目をされる。
    厳しい一面とやさしい一面はコーヒーの味に現れていたのだ。
    “コーヒーは作り手を現わす。”と言うが、彼の作るコーヒーはまさに誰のコーヒーとも似つかない、彼だけにしか作れな特別のコーヒーであった。

     彼とは私がソウルに頻繁に行く様になった1998年頃から親しく付き合いが始まる。
     まだその頃は韓国はコーヒーブームではなく、レギュラーコーヒーをまだ飲む人は限られていたが、「茶道園」(DA DOO WON)という珈琲自家焙煎をすでにはじめており、韓国の1流の喫茶店に焙煎豆を卸していた。
    有名店はこの朴氏の豆を買いたいのであるが自分が認めた抽出技術を持ち、かつ珈琲に取り組む姿勢が気に入らないお店には絶対に豆を売らなかったのである。
    決して安売りなどせず、焙煎した豆も「いつまでには焼いておくので取りに来なさい。」というスタイルであった。
    お店の社長もしくは店の責任者が「頼んであります豆はもう取りに行っても大丈夫ですか?」と電話を掛けてからその人が取りにくる。
    気難しい人で機嫌を損ねると豆を分けてもらえなくなるので買う側もさぞ大変だったことであろう。
    私は「すごい人がおるもんやなぁ」と感心したものだ。
    気難しく怖い人であったが何故か私には親切にして頂いた。
    「韓国に来たら必ず私の所に寄りなさい!」と何度も言われた。
    毎回行く事はさすがに出来なかったが、行くと大変喜んでくれ食事に連れて行ってくれ、その後に自分のコーヒーを卸しているお店にコーヒーを飲みに行った。
    そこでもおもしろい事があった。
    お店に行きコーヒーを注文するとそのコーヒーがなかなか出て来ないのだ。
    我々に変なコーヒーを出すとこっぴどく怒られ、最悪のケースはもうコーヒーを卸してもらえないから慌てているのがわかる。
    実際に「俺に作ったコーヒーをいい加減な抽出で出したら二度と売ってやらない。」と言っていた。 裏ではコーヒーの責任者が間違いの無いように丁寧にコーヒーを抽出し、味見をしてダメな場合は淹れ直しをしているのであろう事が容易に想像できた。
    「すごい人がおるもんやなぁ。」とまた感心する。

    彼の焙煎したコーヒーはその魂が乗り移った様に軟弱なコーヒーではなく、一口飲んだ瞬間に深み、コク、甘み、アロマを強烈に主張してくるコーヒーなのだ。
    ただ一心にコーヒーに打ち込んだ人にしか到達できない域のコーヒーであった。
    そんな朴元俊も病気に倒れ2008年に亡くなってしまう。
    今でも生きていたらどれほど韓国の珈琲業界に影響を与えた事であろうかと悔やまれてならない。
    あんなすごい魂を持った人焙煎士を決して忘れてはいけない。
    誰かがちゃんと語り継いで行かなければならないという思いから機会がある度に書いたり話をしたりしているのである。

    強烈だった彼の事を忘れられない私はたまに彼のお墓参りに彼が眠る韓国の“済州島”まで行く事にしている。
    今年も9月に行って来た。
    その事を次回は記事にしたいと思う。
    本人は生前、度々の要請があったにもかかわらず本人の意思でメディアに出る事は無かった。
    その個人の意志を尊重して朴氏の写真の掲載は差し控える。
    韓国の伝説の焙煎士の強烈なる魂
    福島達男